4. メガトレンド ③:考えるDX ― AIが業務の相棒になる時代

 2025年、生成AIはついに「話題」から「実務」へと舞台を移しました。2023年のChatGPT登場以来、多くの企業がその可能性を感じながらも、データ漏えいリスクを理由に実務利用を見送ってきました。しかし、2024年に入り、MicrosoftによるAzure OpenAI Serviceが正式提供されたことで状況は一変しました。このサービスは、企業テナント内の閉域環境で生成AIを動作させ、入力データを外部に学習させない仕組みを備えています。これにより、士業や製造業、自治体といった情報機密性の高い組織が、一気にAI利用を解禁する流れとなりました。

 この「外部API禁止 → Azure経由なら可」という方向転換は、企業ガバナンスの転換点でもあります。AIの利用はリスク要因から、監査・統制のもとで活用できる“管理された知的資産”へと位置づけを変えました。Microsoft 365 CopilotやAzure OpenAIは、Purviewによるログ監査やEntra IDによるアクセス制御と連動し、セキュリティポリシーの範囲内でAI活用を可能にしています。つまり、AIが「統制の枠内で働く業務アシスタント」となったのです。

 法人企業で求められているAIの活用領域が「創造」よりも「要約」「判断補助」「分類」「報告書作成」といった“知的省力化”に集中している点ではないかと感じています。人が一から考えるのではなく、AIが「下書きを作り、人が確認して完成させる」というワークフローが定着しつつあります。

 たとえば士業分野では、依頼者への報告書や契約書のドラフト生成、法令改正に基づく条文比較、議事録や相談記録の要約などにAIが使われ始めています。これまでは専門知識を持つ人間が手作業で行っていた部分を、Copilotが草案化し、最終チェックを人が行う形です。「AIが考える」ではなく、「AIが助けてくれる」という文化が現場に根づきつつあります。

 製造業・建設業では、AIの導入目的がやや異なります。現場では日々膨大な報告書・点検記録・トラブル報告が生成されていますが、それらを整理・分析する余力が不足していました。ここで注目されているのが、AIによる「報告書自動要約」「不具合傾向の自動抽出」「改善提案の自動提示」です。たとえばSharePoint上に蓄積された報告書群をAIが分析し、「同種のトラブル発生箇所」や「部品ロット別の傾向」を抽出することで、人的知見をデータ化する流れが生まれています。このようなAI活用は、“考える人を減らす”のではなく、“考えるスピードを高める”方向に機能しています。

 2026年にかけて、この「考えるDX」はさらに深まると考えています。CopilotやAzure OpenAIだけでなく、Power AutomateやPower Appsとの連携により、AIが業務フローの中に組み込まれていくでしょう。
たとえば、

① 申請内容をAIが自動で要約し、上長承認時に判断材料を提示する。
② 顧客からの問い合わせ内容を分類し、担当部署へ自動振り分けする。
③ 会議で決まったアクションを自動タスク化し、Teamsでリマインドする。

 これらはすでに実験段階を超え、実務プロセスに組み込まれつつある動きです。AIは「指示に従う道具」から、「状況を読み取り行動するパートナー」へと変化しています。一方で、AI導入が進むほど、企業には新たな課題も浮かび上がります。それは、「どの範囲までAIに任せるか」「AIの判断をどう監査するか」という統制の問題です。AIが生成した内容をそのまま外部に提出すれば、誤情報や法的リスクを伴う可能性があります。そのため2026年以降は、AI活用を「倫理と統制の枠組み」で管理する仕組みが求められるでしょう。Microsoft PurviewのAI利用監査機能や、Copilotダッシュボードによる生成履歴の可視化がその基盤になります。

 ここで重要なのは、AIの導入が「ITの民主化」だけでなく、「ガバナンスの再設計」を伴うという点です。AIを正しく運用するためには、入力データの品質管理、利用目的の明確化、生成結果の検証プロセスが不可欠です。つまり、AIの時代こそ“人が考えるルール設計”が重要になります。この意味で、AI導入とは「考える力をAIに委ねること」ではなく、「考える力を再定義すること」なのです。

2025年までのIT投資が「仕組みを整える」フェーズだとすれば、2026年からは「仕組みを賢くする」フェーズです。AIは人間の思考を奪うのではなく、人間の“考える時間”を取り戻す技術です。考えるDX――それは、AIが働くことで人間がより創造的に働ける社会への移行プロセスなのです。

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