3. メガトレンド ②:回すDX ― 人に頼らない業務運用の確立

 2025年の企業ITで最もニーズが高く急成長を遂げたのが、「業務自動化」分野ではないでしょうか。多くの企業が口を揃えて語る課題は、「人手が足りない」「業務が回らない」「引き継ぎが属人化している」という現実です。これらの問題はシステムの有無ではなく、“業務の設計構造そのものがアナログのまま”であることに起因しています。そこで登場したのが、Microsoft Power AutomateやPower Apps、Formsなどのローコード自動化ツールです。これらを組み合わせて「回る仕組み」を設計する動きが、2023〜2025年で急速に拡大しました。

 中小・中堅企業では、RPA導入に比べてコスト・運用負荷が低い点、そしてMicrosoft 365環境内で閉じている点が評価されています。申請・承認・報告・通知・データ更新――これまで人が「送る」「集める」「まとめる」といった形で担っていた繰り返し作業を、Power Automateが代行する構造が急速に浸透しました。

 この変化は、単なる自動化ブームではなく、「業務そのものを再設計する」フェーズへの移行を意味しています。2023年までは、「一部業務をRPAで置き換える」「入力を自動化する」といった部分最適のアプローチが主流でした。しかし2024〜2025年には、業務フロー全体を見直し、部署横断で「どうすれば属人化せずに運用できるか」という視点が明確に打ち出されるようになりました。自動化の目的が「楽をする」から「止まらない業務を作る」に変わったと考えられます。

 代表的な導入領域は、請求・経費・受発注・勤怠・在庫・報告など、“Excel+メール+人の判断”で回ってきた社内処理です。Power Automateでこれらを自動化し、Formsで申請を受け、SharePointで記録を残し、Teamsで通知する。この一連の流れを構築することで、業務は人依存から仕組み依存へとシフトが可能です。これにより、「人が休んでも業務が止まらない」「退職しても手順が残る」という安心感が生まれ、結果として企業全体の生産性が安定します。

 加えて、「業務自動化×統制」という新しい軸が加わりつつあります。従来は“便利さ”を重視するあまり、誰でも自由にフローを作成し、管理が煩雑化するという課題が生じていました。この問題に対し、企業は「フローのガバナンス設計」を明確化し始めています。フロー作成権限を限定し、承認済みテンプレートを全社で共有する。運用ログをPurviewで監査可能にする。Power Automate環境を“社内運用基盤”として位置づける。このような枠組みが整いつつあります。2026年には、自動化が“個人の工夫”から“組織の標準化”へと完全に移行していくでしょう。

 また、業務自動化の定着を支えるもう一つの重要要素が「Power Apps」です。FormsやExcelでは表現しきれない現場特有の入力・承認・表示ニーズを、Power Appsが可視化する役割を担っています。倉庫業務での入出庫登録、現場報告、検品記録、営業活動のリアルタイム共有など、これまでシステム開発コストが高く実現できなかった領域で「業務をアプリとして動かす」文化が根づいてきました。特に製造・物流業では、“アプリ開発”ではなく“業務設計”という発想の転換が起きています。

 この「回すDX」が持つ本質的な意味は、“人に依存しない業務継続力の獲得”です。
経営層から見れば、業務自動化は単なる省力化ではなく、事業継続(BCP)の一部です。自然災害・感染症・人員流動など、想定外の事態でも“業務が自動的に回る”仕組みを作ることが、2026年以降の企業の信頼性を左右します。つまり、業務自動化は「DX」ではなく「BCPの進化形」と言える段階に達しました。

 加えて、AIとの融合も始まっています。Power AutomateとAzure OpenAIを組み合わせ、AIが承認内容を要約したり、エラーログを分析して改善提案を出すといった事例も増えています。“AIに任せる”のではなく、“AIが運用を支援する”構造です。この考え方は、単にテクノロジーを追加するのではなく、「業務を常に改善し続ける自動運転化」を意味します。2026年は、この「回すDX」が次の3つの方向に進化すると考えられます。

① 業務自動化の全社テンプレート化:属人的なフローを整理し、標準業務を自動実行できる基盤へ。
② 統制の自動化:Power Automateの実行ログをPurviewやDefenderで監査対象化。
③ AI運用補助:Copilot for Power Platformにより、運用保守が半自動化。

 これらを実現することで、企業は「守るDX」で築いた統制基盤の上に、「回るDX」で持続的な業務運用力を積み上げることができます。セキュリティと自動化が分離していた時代は終わり、2026年は「統制された自動化」が新しい常識となる年です。その中心にあるのが、Power Platformを軸としたMicrosoft 365エコシステム――すなわち、“働く仕組みをデザインする基盤”です。

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